2016年05月28日 (土) | 編集 |
J(仮名)が亡くなって、一年半が経とうとしています。
しかし、私の研究テーマは未だに人と動物の関係であり、今はペットロスについて書こうとしています。

大好きな相棒だったJ(仮名)の死によって、その方向性が変わるということもなく。

もちろん彼の最期を思い出すと未だに涙は出ます。
彼と似たルックスの犬を見かけるとつい見とれます。
視野の隅に白いものが入ると空目もします。
けれどそれらが、私の研究者としての目を曇らせたり濁らせたりすることは、ありません。

これが10年前だったらどうだったかな、と思います。身も世もなく泣いたかなあ。どうだろう。
J(仮名)の死と、それに続く彼の不在は、いつか訪れるものとして、心のどこかで覚悟していたのかもしれません。少しばかり、想定より早かっただけで。
でもまあ、この10年で、対象化できるようになったんだと自惚れたい気持ちも少しあり。
実は、J(仮名)の死を挟んで、ペットを亡くした方へのインタビューが入っておりまして。インタビュー前に思ったことは、インタビューの質が変わるだろうな、ということでした。
ペットロスを研究するものとして多少は習熟して、自分の精神活動自体も対象化しているのか、それともただ単に冷たくなったのか。
願わくば、後者でありたいのですが、どうでしょうか。

それとも違う何かかな。
これがJ(仮名)ではなく、お嬢さんや坊ちゃんだったら、たぶん研究どころじゃなく、なんなら生きてるどころの話じゃないですからね。
スポンサーサイト