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2006年02月09日 (木) | 編集 |
来週の面接についていろいろと考えをめぐらせつつ思ったことをつらつらと書きます。

犬や猫とAIBOの違いは何でしょね。

と考えたときに,おいらの場合,まず思いつくのは生きてるか生きてないか,ちう差なんすよね。
んでその「生きてる」「生きてない」の差をも少し突っ込むと,不確実性を帯びてるか帯びてないかの差だと思うんですよ。
生き物は,生きてる限り「死」という終わりが来ることは確実だけれども,それがいつどのように訪れるか,そしてそもそも個体差ゆえの,生きているゆえの揺らぎがそのまま「生の不確実性」となって,モノと生き物のあいだの区別の原因になる,と思うのですが。

生きてりゃ死ぬ,という確実性。
しかし生きているからこそ揺らぐという不確実性。

両義的なこの側面を,AIBOや擬似ペットは持っていません。
あるのは確固たる確実性のみ。

死なないという確実性。
個体差さえ前提条件であり,その動きには基本的に揺らぎがないという確実性。

古くはたまごっち,最近ではAIBOやNINTENDogsによって人が揺らぐのは,その実,これらがもたらす確実性の中に浸って,自ら好き好んで揺らいでいる結果と言えるでしょう。

生き物が与えるインパクトに「揺らがされる」のとは違って,自ら揺らぐのです。
確実性がもたらす安全感の中で。

そう考えると,これら擬似生き物がウケるのは,この確実性から来る安全感を求める人,ひいては不確実性に耐えられない人が,それだけ多いということじゃないでしょうかね。

よく,ペット社会の広がりと深化を見て,人間同士の関係が希薄になった証拠だ,寂しいことだ,としたり顔に言う人がいますが,不確実性に耐えられない人が増えているかもしれないということの方が,おいら的にはやばいと思うんですけど。

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