2006年12月02日 (土) | 編集 |
雪日和な北国のぽちこですこばわ。

最近気になることがいくつかあるですよ。キーワードは「連続性」あるいは「つながり具合」。

それは研究でも,臨床でも,これが気になって仕方がない。
どんなことかというと。
まず,自分の研究関連で人様の論文読んだり,ゼミでの発表聞いたりしてると,書き手と研究対象のつながり具合が気になるですよね。

それは,研究動機なんて上品なものではなく,なぜその人がそれを研究したいのかということでもあります。
もっと言えば,研究者本人が,研究対象となる人と同じ地平に生きているかどうか,生きようとしているかどうか,ということでもあります。
そのあたりがものすごく,気になるんですよ。

それはやはり,おいらが好む質的研究の手法が,事象を内側から見ようとするためのものだからかもしれませんが。

外側から見ているだけ,とか,世の中にはこういう人もいるのね,私の周りにはいないけど,というつながりのない,あるいはつながろうとしないスタンスの方々の研究は,おいらにとってはクソ面白くもねーです。

そして,非行や障害といった類の研究には,その手のつながり具合がばっちり出るなあと。
好例(もちろんつながってる方の,でございますよ)はこちら↓

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特に学生さんの研究ではそこのとこの「つながり具合」がすごく分かりやすく出るような気がします。
福祉の実践者でもなく,心理臨床家でもない立場で書くということのこわさと面白さは,ここにあるような。

実践家ではないからこそ言えることと言えないことと。

その辺の,学生という立場の弱さをコンプレックスのように思って,自分の立場をあえて隠してつながり具合も否定する人。
あるいはまるっきりつながらないままのすがたを無自覚に露呈する人。

前者には「学生は学生らしく,恐れ知らずでいればよろし」という言葉を送りたいですが,後者のタイプで,かつ臨床家志望の方には,進路考え直せと言いたくなるのはおいらだけでしょうかね。

うーむ,上手く言えん。



ハッ
そして上手くいえないときは人のことばを借りてみよう・・・(ゴソゴソ

先々月,すちゃらかさんがmooさんとこのエントリ「傷つくことば」に寄せられたコメントに,おいらはジーンとしびれてしまったのですが(mooさん,すちゃらかさん,引用がお気に召さなければ,平身低頭しつつ削除いたしますのでお申し付けくださいm(_ _)m)。

よく病院に来た実習生なんかが、「患者さんに言ってはいけない言葉ってありますか?」って聞いて来る。
「普通言ってはいけない言葉は、言ってはいけない言葉だよ。教える事は何も無い」って突き放すけどね


もうね,これ以上,おいらの言いたいことをさっくりといってくれてる言葉はないです。
これです,こういうことでございますよ。

上記のようなことを訊く実習生は,「つながってない」。
それに対して上記のように返すすちゃらかさんは,「つながってる」。

分かっていただけたでしょうか?

障害も非行も何もかも,「あっちの世界」の話ではない。
同じ地平で起きていることだということ。
そのことを意識しながら,人と関わるということ。
そこは研究でも臨床でも忘れちゃいかんとこだと思うですよ。

まあ,分かっている方には「はぁ?」な話だと思うんですけど。

長くなりそうなので続きます。→人気blogランキング
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