2007年08月01日 (水) | 編集 |
最近、診断について思うことが多いぽちこです今晩和。
子どもが発達障害の診断受けることは、ざらですよね。
で、大人になってから発達障害の診断受けるのも、そんなに稀なことではないことかもしれません。
でも、子どもが診断受けるのと、大人になってから診断受けるのと、やっぱり意味が違うよなあ、と思うのですよしみじみと。
よく聞く話としては、小学校中学校高校大学と、いじめられたりしながらも何とかやってきて、就職で躓いたり、就職後にうつ状態になって通院してみたらPDDの診断受けました、とか。
そんな話を聞くと、おいらしみじみ考えちゃうですよ。
そこまでやってきて、降ってわいたように「あなた発達障害ですよ」と診断されたその人は、何を感じて何を思うのかなーと。

今まで頑張って頑張って何とかやって来れたのに、今さら「障害でした」かよ、と思うのか。
ああやっぱり、と思うのか。
診断名がついてほっとするのか。
だから何なのよ、と思うのか。

そのあたりを説明してる研究は、たぶんいろいろ出てると思うのですが。
それとはまた別にね、援助者がそういうことを考えるのって、大事だと思うんですよ。

何というか、子どもへの診断は「行く末」を考えてのことだと思うのですよね。
ですが、当たり前ながら、大人への診断は「来し方」の意味をがらりと変えてしまう可能性を持つものなんじゃないかと。
その重みは子どもへの診断が帯びるそれとは、おそらく質が違う。
過去の積み重ねとしての今と、この先の礎としての今とじゃ、そりゃやっぱ違うよな。

「診断」というのは医学的行為ですが、人生にも波及するほどの影響があるのは確かです。
おいら自分が人生フェチだから言うわけじゃないですが、その後を引き継ぐ援助者も、出来れば利用者さんの来し方行く末にまで思いを馳せながらやっていけるのが理想だと思いますし、おいらが憧れる実践家や研究者の方々からはそんなまなざしが感じ取れます。
むしろそんな感じがするから憧れる、ということも言えますが。

でも最近気づいたのですが、残念ながら、そこまで思いが至らない人というのも実際にはいるわけでね。
まあ、研究者や専門家に限らず、ひとやひとの人生を尊重できないおバカっているもんですが、正直、そういう人が研究者や専門家になるのは百害あって一利もないと思いますよ。

閑話休題、あーんどまとめ。

そんなことを考えてみると、医学モデルにのっとって行われる診断は、発達モデル(人生モデルと言い換えてもいいかもしれません)をベースとした援助へと引き継がれるのが理想だと思うんですが、いかがでしょうか。
特に精神医学分野に関しては。

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テーマ:心理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
医学モデル
ご無沙汰しております、afcpです。
おっしゃることはおおむねその通りだと思うのですが…。
『臨床心理学の世界では「医学モデル」は特に時代遅れのものを指す』という裕さんの警句が思い出されますね。
http://d.hatena.ne.jp/you999/20070709

僕は講演などでこのような概念にふれるときは「(古典的)医学モデル」と表記するようにしています。精神医学やリハビリテーション医学など慢性疾患を主に扱う領域では、このようなモデルはすでに古典の領域になりつつありますね。
2007/08/02(Thu) 18:18 | URL  | afcp #Vlv9gDmU[ 編集]
コメントありがとうございます
>afcpさん
こちらこそしばらくです~。

>『臨床心理学の世界では「医学モデル」は特に時代遅れのものを指す』

確かに(笑。
そこまでずばっと言い切れる自信と度胸はありませんが、でもそういう側面はあると思います。
医学モデルのすべてがすべて、そうだとは思いませんけれども(といいながら時代遅れになっていない事例が挙げられないおいらです)。

(古典的)医学モデル。おお、「なるほどー」な表記です。不要な誤解を招かない素敵な言い回し(笑)
使わせていただきます。

何だか周囲を見ていると、多くの場合はモデルが古典的というよりも、それを用いる人間の頭の中が古典的な場合がちらりほらりとあるようなないような。

いかん、おいらは今誰かを槍玉に挙げようとしているぞ。
この辺りの話はそのうちまた、エントリで。

PS
遅ればせながら、リンクさせていただいてよろしいでしょうか?
2007/08/02(Thu) 22:39 | URL  | ぽちこ #grcoP6NM[ 編集]
テクニカルタームとしての「医学モデル」
お返事、ありがとうございました。

急性疾患や有効性の高い治療法のある疾患の場合などには、こうしたいわゆる医学モデルの有効性も、十分に保たれていると思います。古典的に括弧がついているのは、そのあたりの事情もあります。あとテクニカルタームとしての"medical model"は、ある程度意味の定まったものですので、そこをひっくり返すといろいろややこしくもなりますよね。

「(古典的)医学モデル」は医学の世界で昔も今も使われている一つのモデルと考えるのが妥当でしょう。現代でも医学がすべてそれに基づいて行われているという誤解(とわかっていながら利用する人たち…)を生みやすいのが、この用語の弱点だと思います。

>時代遅れになっていない事例
流行のもので、割に広く受け入れられているのは、biopsychosocial モデルなどでしょうか。

リンクについてはもちろん大歓迎です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2007/08/03(Fri) 10:00 | URL  | afcp #Vlv9gDmU[ 編集]
ありがとうございます
お返事が遅くなりました(汗
そしてこの隙に(?)リンクさせていただきました。ありがとうございます。

>現代でも医学がすべてそれに基づいて行われているという誤解(とわかっていながら利用する人たち…)

あー。あー。あー。いますねー。そういう人たち。一昔前のお医者さんなイメージですが。
そうかー、あれは利用しているのですね。
しかしそうすることによって誰が得をするんでしょうか。
なぞです。

>流行のもので、割に広く受け入れられているのは、biopsychosocial モデルなどでしょうか。

おお、そうなのですね(メモメモ
ちょっと外れますが、このモデル、バランスが難しそうな気がします。
社会や学校が変に医療化してしまったら困ったことになりそうですし(既に一部ではそのあたりの混乱も見られるようですし)、でも医療的援助が必要な人たちは厳然としているわけで、今少し、注意深く経過を追っかけていく必要があるようなないような。

こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。
2007/08/08(Wed) 17:58 | URL  | ぽちこ #grcoP6NM[ 編集]
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