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2007年08月02日 (木) | 編集 |
台風USAGI、名前は可愛いけど被害がえげつなかったらリアルウサギがいい迷惑だと思う。
ぽちこです今日和。
PLAYBOYのトレードマークが牡ウサギな理由、知ってます?

さて、昨日に続いて診断と人生話です(続くらしい)。
おいらちょくちょく、臨床家の知人から、
「ADHDのスクリーニングテストって、あるの?」
「PDDの(以下同文)」
という質問を受けるわけですが、まあ、あるっちゃあるけどないっちゃないです、というのが答えですよね。

簡易なスクリーニングテストやるんだったら、WISCやK式で全体的な発達の有り様を見た方がいいよなあ、と個人的には思うので。

なんですが、でもそうやって訊かれるってことはですよ、スクリーニングされようとしている子どもがいるってことですよね。
それってどうなのかしらん。

や、まあね、確かに診断名って大事ですよ。
その子への対応の大枠はそこで決まりますしね。すごく大事。
なんだけど、もっと大事なのはそこから先の援助だと思うんですよね、当然ながら。

診断という大枠を踏まえつつ、その子の状態像を把握していくためには、診断名へのこだわりや当てはめではなくて、緻密な観察と生活史の聞き取りがどうしても必要だと思うのですよね。
要するに、診断名を前提とした演繹はイクナイってことですよ。
おいらが言うまでもなく、当たり前のことなんですけどね。

なんだけどさ、この観察がうまいこと出来ない人ってのはいるわけでね。
で、そういう人に限って(そういう人だから、とも言えるかもしれないけど)、きわめて演繹的に人を見がちだったりしてね。

おいら何についてもそうなんですが、決めてかかる、という姿勢が大嫌いです。
この人はPDDだからこうなはず、この子は虐待受けて来てるからこうだろう。
そんな前提を通してしか子どもと関われない人というのは、色んな意味でかわいそうだなーと思いますし、そんな人に関わられる相手が気の毒で仕方がない。

杉山御大が児童虐待を「第4の発達障害」と言いたくなるお気持ちは分かるっちゃ分かるんですが、同時に、ちっちゃな苦虫が心をよぎるわけです。
虐待受けてきた子ども達まで、類型化して見ちゃうおバカが出たらどーすんのさ、と。

前にも書いたかもしれませんが、心の傷とその治療過程ってのは骨折とその治療過程と、けっこう似てるんじゃないかと思うのですよ。

骨が折れたらものすごく痛い。それはおそらくどの骨折でも言えることでしょうし、万人が認めるところでしょう。
でもどこがどう折れたのかによって、痛みは千差万別でしょうし、折れ方によって治療法にも幅が出てくる。
基本を押さえつつ、「幅」をきちんと持たせられる関わりってのが、心理援助者には必須なんじゃないですかね。

そのあたりになると、バランスとることが難しくも大事になってくるんでしょうけどね。

まずは全体を見ましょうよ。
その子の抱える困難も人柄も、何もかも含めて。
話はそこからですよ。

この話、まだ続くかもしれません。→人気blogランキング
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コメント
この記事へのコメント
うむむ
>や、まあね、確かに診断名って大事ですよ。
>その子への対応の大枠はそこで決まりますしね。すごく大事。
>なんだけど、もっと大事なのはそこから先の援助だと思うんですよね、当然ながら。

わかるようなわからんような・・・。
この立ち位置ってなかなかしんどそうだよなあなどと、個人的には思いますが。
それこそ「『診断名』という大枠がないと援助できない人」を増産するのでは?

>診断という大枠を踏まえつつ、(略
>要するに、診断名を前提とした演繹はイクナイってことですよ。

これとはどういう風にぽちこさんの中でつながってるのでしょうか。
ぼやあとはわかるのですが、うむむ・・・やはりすぱっとはわからん。

>まずは全体を見ましょうよ。
>その子の抱える困難も人柄も、何もかも含めて。
>話はそこからですよ。

というわけで、オチがどのあたりなのか楽しみにしていますです。ハイ。
2007/08/02(Thu) 22:48 | URL  | moo #vIYzU//E[ 編集]
わかるようなわからんような
って書き手が言うなや!て感じですね、はい。

>この立ち位置ってなかなかしんどそう

この立ち位置ってどの立ち位置でしょ?(ぇ
このエントリではおいら、もしかしてすごくレベルの低い人の話をしてるのかもしれないのですが。

障碍は当然ながら、インパクトはあるかもしれないけれど、その人の一部であって全部ではないわけで、一部分だけをクローズアップしてしまうのは何だかなあ、という違和感が残ることがちょくちょくあるのですよ。

>>診断という大枠を踏まえつつ、(略
>>要するに、診断名を前提とした演繹はイクナイってことですよ。
>これとはどういう風にぽちこさんの中でつながってるのでしょうか。

ああ、これは言葉足らずだったかもしれませんー。
ええと、演繹による決め付け(・A・)イクナイ!!、診断という大枠と、目の前のこの人を見て分かることと、両方うまいこと使いこなしましょうよ、と言いたかったのですー。

ってあんまし大したこと言ってないな(´・ω・)
言うのは簡単だしな。

オチ…オチ…
モチベーションがまたしても怒りなので、気が済んだらオチ無しで済ましてしまうかもしれません(ぇ
2007/08/02(Thu) 23:58 | URL  | ぽちこ #grcoP6NM[ 編集]
fc2につなぐとフリーズするよ
>>この立ち位置ってどの立ち位置でしょ?(ぇ

とうのは、そのまんま、

>それこそ「『診断名』という大枠がないと援助できない人」

に通じるような立ち位置のことです。
でも、これはホントわたしの個人的な考えで。

診断名がきっちりついて、そこからきっちり対応できる人であれば、
別にどういう立ち位置でもよいのだと思います(援助までに時差あるが)。
ただ心配っつうか気になるのは、ああだこうだとぬかすだけぬかして、
「だから早く診断してもらわないといけないのよ!」
みたいなね、「援助の理由」を「診断」に求めちゃうような臭いがする。

まあアレですよ、すごいレベルの低い話しなのだと思う。

ぶっちゃけて言えば、
 診断がどうのこうのとぬかしとるだけかオマエは、と。
そういうことを思わせてくれる人がよくいます(近づきません)。

目の前まで来ている親子に、
援助する側が「援助の大枠は診断してもらわないとわからないからあ」
なんてほざいてるのは、単に援助側の人間が無能っつうだけで。
検査にしても「この子の特性を~」なんて言うだけ言って、
対応策がひとつふたつ程度しか考えられんなら、検査は害だよなと。


ああ。ちなみに医師は別です。診察室に親子が入ってきた時点で、
そこには医療的視点が(も)がっつり入りますから。

ってアレ? これ病院内限定のエントリだったのかしらん。
それならそれで読み方が変わってくるわたし。(´<_`  )
2007/08/04(Sat) 07:41 | URL  | moo #vIYzU//E[ 編集]
まっくんに嫌われているのだろうか
>mooさん
>これ病院内限定のエントリだったのかしらん。

いちお、援助一般の話のつもりです・・・が、あまりもレベルが低い話なため、いろいろに読めてしまうのかもしれません。
こう、念頭に何人か、ひっくーいレベルの人がおりましてねw

>「援助の理由」を「診断」に求めちゃうような臭いがする。

あー、糞ですねえ。
「援助しない理由」もまた「診断」だったりしてね。
意味不明です。
困難の深さは診断だけじゃあ計れないと思うんですけどねー。
2007/08/07(Tue) 00:17 | URL  | ぽちこ #grcoP6NM[ 編集]
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