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2007年08月16日 (木) | 編集 |
この夏、お化けよりも何よりも体重計がやたらと怖いぽちこです今日和。
J(仮名)は標準体重の健康優良犬だというのにorz

さて、突然ですが、おいら実は尻軽です。

いやあの、シモな話でなくてね。
さすがに貞操観念は人並みくらいのものはありますわよ。
そっちの尻軽でなく、思想的な意味でってか、学問に対するその人のあり方の話です。
おいら基本雑食です。
これは亡き祖父から受け継いだ姿勢なんですが、学問するなら食わず嫌いはしない、という鉄の掟が自分の中にはありまして。

これ(・∀・)イイ!と思ったり、人から「これイイよ」と聞いたりすると、とりあえず、何でも読みます。
好きなブロガー・研究者・臨床家が引っ張ってきてる文献も、面白そうだなーと思うととりあえず読んでみます。

その姿勢をして「フットワークが軽い」と過分な評価をいただくこともありますが、軽いのはそこではないのですよね、これが。
だって少なくとも軸足は完全に「関係性」に置かれっぱなしですからね。重い軽い以前の話。

で、軽いのはどこかというと、お尻なんですねー。
・・・見た目は重そうですけどね('A`)

関係性は好きだし対象関係論も好きだけど、でもそこにどっかりと腰を下ろしてしまうつもりはなくて、よさげなものにはとりあえずついてってみることにしてるのです。
理論にしろ療法にしろ、ね。
どっかにどっかり腰を下ろすにはまだ早いと、自分では思っているので。
吸収力のあるうちに、目が曇ってしまわないうちに、いろいろきっちり読んでおきたいのです。

で、何が「よさげなモノ」だと認識されるかというと、著作や論文だと、まずは筆力があるものですかね(あ、データがしっかりしていることは大前提です念のため。だもんでトンデモ本はその時点で除外)。
文章って不思議なもので、その人の人としての品性が丸わかりになることがあると思うのです。

語調が穏やかか苛烈か、専門的か一般向けかは関係なく、腐らず気取らず傲らず、ただ純粋にやり抜く姿勢がにじみ出た文章というのは、こちらも襟を正したくなりますし、元気出ます。
鯨岡御大とか白魔女嘉代子とか遠藤利様とか。

逆に、あーこれどっかで読んだよなーという、理論や先達の言葉やデータの、上っ面だけをなぞってそれで満足して悦に入っているような、「その人節」が聞こえてこない文章には食指が動きません。
そういう人ってだいたい上から目線なことが多いしな。
覚悟なく他者をdisる人に限って、文章は大したことない。
これは結構、著作というよりもブログなんかでよく見かけるパターンでしょうかね。

お尻重い人ってのは、どうしても自分が好む学派・理論にこだわってしまって、そこを離れた、ある程度自由な発想にたどり着けないことがあるような。自由すぎても困るんですけどね。
でもある程度自由な発想というのはやはり大事で、それがなければ他の人たちとの議論はおろか対話もままならないと思うのですよね。
それはすごくもったいないよなあ、と、個人的に思うのです。

ちなみに女性でお尻重そうなひとはあからさまに好きじゃないですねえ。
男性はドメスティックなにおいに弱いもんだと決めてかかっていて、そのにおいを売りにしてる人。こういう人って無駄に「どっしり感」、ついでに「もっさり感」が漂ってる気がしてねー。
生活が絡んでくるたいていの妻たる人たちからは、いい意味でこの「どっしり感」(この場合は安定感といってもいいかもしれない)が漂ってくるよなーと思うんですが、恋人でこれっていうのは正直イタイよな、と。
何というか、お椀にへばりつくわかめみたいな人。

好きじゃないというより意味が分からない。
家政婦じゃあるまいし、そんなことが唯一絶対の魅力になりうると、なぜ思えるんだろうかー。

閑話休題。

ま、とにかくあれですよ、自分が好きな学派・理論からかけ離れているからといって、頭から否定しちゃう人にはなりたくないよな、と思う次第なのです。

つーわけで、れっつら尻軽。→人気blogランキング
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