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2008年02月06日 (水) | 編集 |
窓ぎわのトットちゃん という名著があります。

窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
(1984/01)
黒柳 徹子

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これを読んで,この本の書き手と,なかに出てくる校長先生はオトナだけど友だちだ!と思い,友だちになれそうにないオトナがしでかす不愉快で理不尽なあれこれを思い出しては涙したのは子どもの頃。

今センモンカの視点でもって読み返してみると,この校長先生というのは,非常に優れた実践家だったんだなあと思って,別な意味で胸が熱くなる。
特に,タイトルの一言は,「問題児」であったトットちゃんに向けて,何かあるごとにかけられていた言葉だったそうですが。
とてもやさしく奥深く,含蓄のある滋味あふれた言葉だなあと思うのです。

黒柳氏は,当時は子どもだったからこの言葉の意味を考えもしなかった,と回顧していますが,オトナからの冷たい目線をまったく感じない,ということはなかったのではないでしょうか。
だからこそ,この,一見ちっぽけなエピソードの詳細を,大人になってじっくりと吟味することができたのではないかと思うのですが,妄想が過ぎますかね。

けれどトットちゃんが子どもだった頃から70年近くたった今でも,トットちゃんのように,他者によって,クラス内でのトラブルやいざこざの原因にされてしまう子どもは少なくありません。
その他者に,本当は,その子を信頼すべき立場にいるオトナが混じっていることも,残念ながら,少なくありません。
そんな環境にいた子どもが,どういう面差しをするか。どんな目でオトナを見るか,自分を見るか。
考えただけでつらくなりますが,一番つらいのはその子自身なのよね,と思い返すと,はっと目が覚めます。

目が覚めたおいら,偽善者扱いされるかもしれませんが,言い切りますよ。

素晴らしくない子どもなんていません。
どの子もみんな,素晴らしい。

子どもの臨床ってのはつまるところ,その子の素晴らしいところを,どうやってその子やその子の周囲に伝えて,どうやって,また新しい,素晴らしいところを見つけ出すか,という作業の繰り返しだと思うのです。

そして何度も言ってますが,誰かが自分のことを素晴らしいと言ってくれた,自分のことを誠実に温かく見ていてくれたという経験が,後々のその子を励まし続けてくれるものになってくれればと思うのです。

それにしてもこの校長先生,本当~~~に子どもが好きだったんだろうなあ。
トモエ学園の実践記録とか,残ってないのだろうか~。とか言っちゃうおいらはすごい野暮ですね。

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