2009年04月25日 (土) | 編集 |
日心抄録,無事に出しました。皆様よろしゅうお願いいたします。

そして仕事だったり何だったりで,発表はしたものの,あんまりまじめに参加しなかった今回の発達心。
だって何か学会全体が発達臨床寄りになってるんですもの。
発達心って確か,発達に関する基礎研究をじっくりやりたいからって理由で発足したって聞いてるけど,それは嘘?
と思ってしまうくらいの臨床研究(つか実践報告)的なものがやたらと多かった。年々増えてるし。

それはまあいいとして(あんまりよくないような気もするけど),今回の大きな収穫の一つはあれですよね,犬話臨床話研究話んまいもの話(要するにおいらの関心事全般)においてぐわっしぐわっしと話が合いまくる,Peacetreeのさやかさんとがっつり語れたことでしょう。

いやあ,楽しかった。
そして研究に関する面白くて使える比喩もきかせてもらっちゃった。
人の動物への見方って,徹底した客観視と文化誌な見方とがあるよね,という話から,ファーブルとシートンって二大動物学者がいるけど,ファーブルは前者で,シートンは後者だよね,という話になったです。

ファーブル的てのは,前にもおいら触れたと思うんですが,人側からの価値づけナッスィングで,人も犬もゾウリムシもみんな生物ですが何か?という立場。
翻ってシートンは,とても情緒的で動物大好きで,だからこそ動物に肩入れしやすく,肩入れしやすいということは意味にとらわれやすいということでもある。

そんでもって我らは明らかに後者であり,それというのはこの分野の研究をしていくにはあんまりよろしくない傾向なのではなかろーか,という話を,芋洗坂のバールで女二人,熱く語ったのでありました。

何かねえ,「動物が好きなら研究は無理」的なことをねえ,二人して各方面から言われて来てたんですよ。
今考えると噴飯ものなんですけどね。
好きなもの研究して何が悪いよ。そもそも好きなのは動物だけじゃないよ。

そしてあれからひと月ちょっと(って早いねえ),もうちょっと突き詰めて,というより違う視点から,

ファーブル=観察者
シートン=共生者


って考えると,この二人ってそんなに対立するもんでもないような気がしてきたですよ。

確かに動物と暮らすことでシートン的な見方は強化されるかもしれないですけど,それでも研究者としてファーブル的な視点を手放さなければ,どれだけ動物が好きだって,研究はしていけると思うんですよ。
バランスとるのは確かに難しいですけど,でもそのバランス取れてしまえば研究として一気に飛躍できそうな気がするんだよなー。
バランスが取れてくるまでが時間かかるししんどいんだけどさ。
対象が好きなのが悪いってこたないはずだし,むしろ好きでも嫌いでもないものの研究して,それ楽しいですか?と思う。
とはいえ思い入れが強すぎるのもどうかと思うけど。

たまにいませんか,論文読んでて
「ああ,こいつ対象に何の思い入れもないよな」
ってのが分かってしまう研究。
あと,
「ああ,こいつ,思い入れと妄想だけで書いてるよな」
という論文。
研究者として,そういうのだけは書きたくないな,と思います。
肩入れ上等,シートン結構。要はバランスですよね,バランス。

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コメント
この記事へのコメント
この間Y城先生ととお昼食べたら,Y城先生の奥様も
動物に関する研究のことでやっぱり悩んでるって
いってますた・・・。

ファーブルもけっこう叙情的よ。
2009/04/27(Mon) 09:23 | URL  | どらむすこ #QXRaNfI.[ 編集]
美人さんて悩む姿も絵になるよね
この分野はねー。何でか外野がうるさいのよ。
他に研究することあるだろうがとか,何で動物なんだとか,まあいろいろいろいろ。
どうして研究対象に動物が絡むと途端にセカンドな扱いをされねばならんのか,超不思議。
そもそも研究対象は「人と動物の関係」であって動物単体じゃないわい。

と,いつも思うし言っちゃうね。

ファーブル,おもろいよね。半ば妄想なあたりが特に。
彼に抒情的な部分がなければ,動物行動学はここまで来なかっただろうと思うよ。
2009/04/30(Thu) 23:34 | URL  | ぽちこ #grcoP6NM[ 編集]
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