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2009年09月20日 (日) | 編集 |
日心でさせていただいた某WSでのコメントがなんだか自分的に不完全燃焼でもにょっています。
自分的にはかなりねりねりしていたコメントだったのだけど、いかんせん例えが突拍子もなくて、フロアの頭上には「?」がいっぱい見えたことよ。
そんなわけで今回は自分すっきりのための1人リコメントをば。
あん時はね、要するに、ケアとサポートを同じ土俵で同時にやってけるって考えちゃうと難しいしややこしいですよね、って言いたかったの。
成年後見制度を法人がやるメリットも、福祉職が専門性やスキルや社会性をあげなきゃいかんとおっしゃってたことも、極端かもしれないけど、そこにつながると思うんだあ。

ケアとサポートって、実際何がどう違うって言われたら、教科書的理解を除けば、その定義は答える人それぞれだと思うのです。

たとえばおいらここでバッサリと、

ケア=生活に必要な、目に見えにくい部分=情緒とか関係性にかかわる部分
サポート=生活に必要な、目に見えやすい部分=社会生活に関わる部分

と定義させてもらうとします(っていう自分の定義をあの場では提示しなかったかも:反省その1)。

そーすっと、当然ながら、ケアの根幹にはサポートが必要だし、サポートにはケアの精神も欠かせない。
しかしそれぞれの専門職は、自分がサポート提供者なのか、ケア提供者なのか、やはり自覚しておく必要はあるだろうと。
最も大変なのはケアとサポートを両輪にしなきゃいけない医療でしょうねえ。だからこそあれだけの多様な専門性が結集しなくてはならないわけで。

福祉と心理はかぶるところもあるけれども、やってること(やるべきこと)は、生のリンゴと濃縮還元果汁のアップルジュース位の差がある。
ちなみにこのたとえで言うと、教育は100%の生ジュースになりますかね。生のリンゴじゃないけれども、酸味も青臭さもそのまま。

んで、生のリンゴももちろん果汁は滴りますが、やはりメインはリンゴそのもので、種を取り皮を剥き、食べやすい形にしなきゃならん。ほっときゃすぐに茶色くなったり、たやすく駄目になったりしちゃうし。

そんなふうに生のリンゴを相手にする人たちが、
「おれも濃縮還元ジュース作りてぇ」
ったってそれは無理な話で、むしろやんない方がいい。
寄り添うだけの福祉職なんざ害悪以外の何物でもない。
しかし目の前のリンゴがジュース向きなのかうさぎリンゴ向きなのか、それとも半々なのか、そのくらいの目利きではあって欲しいと思う。

翻って、濃縮還元ジュースを相手にする人たちが生のリンゴに手を出したら、リンゴどころが自分の手も切ってしまいかねない。
だからこそ心理屋が現実世界に介入することは禁忌なわけで。
生活臨床という言葉もあるけれども、それはしかし、そんなに甘いものではなく、下手に突き詰めていけばいくほどずぶずぶになりかねないもんだと思います。
生活臨床ってのは字義通り、生活に根差した臨床であって、つねに生活に役立つ臨床であるとは思いません。
そこを誤解しちゃいかんと思う。

でも何にせよ、ジュース係とうさぎリンゴ係の間の会話は不可欠で、会話するには言葉をそろえなきゃいかん。
リンゴのことだけ考える、という情緒的な結びつきも当然必要だけれども、それだけでは、多分連携なんかできない。

だからまず、異職種同士で言葉を合わせないとね。
たとえば、ケアって何ですか?サポートってなんでしょうね?

と投げかけたらフロア中

( ゚д゚)ポカーン

ですよorz
何がいけなかったのかなあ。上の話も図示したんだけどなあ。
あれか、話が飛びすぎか(反省その2)。
コメントって難しいですねー。

あーでもおかげさまですっきりしました。
(ミサトさんの口調で)とにもかくにも、精進精進♪

でももうお誘い来ないかもorz→人気ブログランキング
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