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2009年11月14日 (土) | 編集 |
アタマの悪い人きらーい、とかいうとまた敵が増えるのかもしれませんが、でも嫌いなもんは嫌いだ。
学歴とか関係なく、利口なバカは大嫌いです。

エセラーに多いね>利口なバカ
利口なバカに限って「現場」という言葉と、それをふんだんに使ってる自分が大好きで、「研究」というフィールドに身を置く人に妙なコンプレックス持ってたりしてね。
これは非常な偏見であると自覚していますが、就職したことのない、あるいは腰かけ程度にしか社会で仕事をしたことのない年配の主婦の方が、何かにハマって学んで、それをもとに片手間に働いている時にそんな感じになることが多いような気がします。

ハマったから学ぶ、というのはいいように見えてそんなにいいことではない、と思う。
ハマるハマらない、というのは結局熱病みたいなもんで、ちゃんと知りたい、ちゃんと学びたい、というのとは全然違う。
もちろん、われわれ研究者がまるで何かに駆り立てられるように学問を究めるのともわけが違う。
ハマって学んだことというのは結局、趣味以上にはならなくて、よく言ってカルチャーセンターで得るレベルの知識と理解でしょうねえ。
カルチャーセンターでしかお習字習ったことないまま、いきなり書道教室開いちゃう人はいないのに、なぜかこの業界、現場に出られてしまう人が多いんですよねえ。
動物の適正飼育指導の世界もそうですよ。
下手に思い込みの強い人よりも、全くの初心者の方が働きかけがうまかったりしてね。

知識と理解が低いまま躊躇なく現場に出れてしまう人というのは知性がない上に恥性と謙虚さもないので、上記のように嬉しげに現場現場いうことになるのだと思います。

そういう人といざ現場で出会うとどうなるか。

まあ悲惨ですよね。
知識も理解も知性も恥性も謙虚さも、そして根性も無いから予断と偏見ありまくりで創意工夫と反省は皆無。
小利口な小物は自分の手に負えないことに出くわすと口をつぐみますが、のど元過ぎれば同じこと。
ちなみに小利口だと気持ち悪さが増しますよね。
肩書聞いたらいきなり擦り寄ってきたりとかさ。

と、まあ、上記の話は極端ですが、心理学者がこんなオバハン化しないための一つの理想的なお作法として、Scientist-Practitionerというものがあると思うのですよね。

エセラーだって「現場好き」なおばちゃんだって、情熱がないわけじゃない。むしろ過多。
ただ、常に結果を疑い、基礎に立ち返り、創意工夫を重ねようとする科学者たる姿勢が無いので悲惨なことになるわけで。
その姿勢があれば、多分知性はあとからついてくるよ。
無知の知があるか、無恥の恥があるか、それだけでだいぶ違うと思う。

とはいえ研究者だって、
「現場?臨床?ヘッ」
という視点でもって研究してたら駄目だと思う。それはそれで空虚な感じがします。
せっかく人間の研究やってんだからさ、ちったあどこかに還元しようよ。
逆に、臨床や実践を志向しすぎてエビデンスに振り回されてる人もいるけれども、それも何だかなあと思う。

こやって見てみると、Scientistとしてのバランス感覚と、Practitionerとしてのバランス感覚、質的にそんなに乖離しているものでもないと思うんですけどねえ。
だから、Scientist-Practitionerってのは、その辺のバランス感覚を養うための作法なんだと思うんです。
だから多分おいらは一生、Scientist-Practitionerとは名乗らないと思います。

だってそんなバランス感覚一生身につかねーよきっとw
難しいもん。

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