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2009年12月01日 (火) | 編集 |
つらつらと考えてみておいら、各方面からよく見込まれるよなーと。
犬や子どもは当然のこと、エライ先生(だった人含む)やら全然違う業界の人やら何やら、半分本気・半分ジョークでうちの業界来ないかね、とかうちの業界に来たいと思ったことないかね、とかよーく言われます。
ありがたいのだけれども自分の迎合体質にもうんざりしてみたり。

ここ数年多いのは教育関係の方々ですね。その次が福祉だとか隣接領域の方々から。
教育関係は管理職の方々や元管理職の方々とお会いしてお話をさせていただくと、話の終わりには
「犬養さん教員免許持ってないの?」
「免許取る気はないの?」
「教師になりたいとか思わない?思ったことも無い?」
とか聞かれてすみません持ってませぇん、あ、この職に就いてから先生って何でもできるなあ、いいなあと思うようになりましたと頭ポリポリしながら退散することが多々。
いやー、ちゃんとした教師になれるほど、おいら体力も気力も頭も無いっすよ。
ということは、多分相手の方々はよくご存じで、実はホントは、マジッすか向いてますか?と勘違いして走り出そうとしたらなめんじゃねえぞ小娘、と鼻で笑われそうな気もするし、いろんな意味で冷や汗出ます。

面白いところではエディターさんからこの業界に来ませんか、と言われて名刺をいただいたこともある。
文章書き散らすのは好きですが、エディターシップはゼロなんじゃないかなあ。
書き散らかされた文章を整理するのって、多分書くのと同じくらいの労力にプラスして言葉や文章へのモーレツな繊細さががいるはずで、どっからどう考えても、おいらにそんなものはない。逆さになっても出てこないと思う。

でもまあ皆さんからそう思っていただけるのは個人的にもありがたいことですし、特に地域支援の場なんかでは別の意味でもとてもありがたい。
それはすなわち、わたしが、自身の教職や学校というものに対しての敬意を表すことができていて、それが正しく相手に伝わっているということの証拠にはなるかなと。
こいつはうまく使えそうだ、こいつは信用に足る人間だと思ってもらえなければ支援にも何にもなりゃしないわけで、多分それを念頭に、田中康雄御大はよく、ねぎらい合うことを大切にしようということをおっしゃるわけですが。

田中御大はほら、サンタさんだから、素でねぎらい合って行けるんだと思うんだけど、おいらはまず無理(ぇ
ほら、正直こいつはいっぺんフルボッコにしたろーかいという人、けっこうたまにはいますわね(あっmooさんが指折り数えてるっ)。
しかし例えばケース会議でそのこんこんちきをフルボッコにして何か得があるかったらまあないですよね。
個人的にすっきりはするかもしれませんが、すっきりしても没交渉になったらどうしようも無いわけで、子どもの利益と福祉にかなわなかったらそれは害悪でしかない。
で、あれば、舌先三寸口八丁で言いくるめて動かした方が断然おトク。

そしてそのような腹黒い動きを許容してくれるような大だぬき管理職の方から、
「教師になんないの?」
と言われることは、地域支援における大きめの通行手形であることは間違いのないことではないかと。

うむ、そう考えると何だか自惚れたくなってきたぞ。ひゃひゃひゃ。
でも先生は大変だからホント無理だけど。

あ、ちなみに研究方面ではそんな引きはかかりません。
多分おいらが頑固なのと、それ以上に才能がないからじゃないすかね。うはは。
まあ、引きがあっても譲りませんけどね。研究は。

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テーマ:研究者の生活
ジャンル:学問・文化・芸術
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