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2010年01月20日 (水) | 編集 |
おいら紆余曲折ののち運よく博士後期課程に籍を置いているわけですが、周囲を見渡すと、修士のころにはなかったコントラストがくっきりとしているのですよね。
何のコントラストかっちうと、研究における志向の話。
これはたぶん、おいらのいる大学院だけの話じゃないと思う。
でもとりあえず、教育系の院に限定しておきましょうか。
理系はもちろん、経営・経済系の院もまた状況は違うでしょうし。
長くなるので続きます。

博士課程には社会人の方々も多くいるわけですが、そのひとたちのある一部と、学生のキャリア長いでっせ、延々院生やってまっせ、というメンツとでは、研究に対してのスタンスが全然違う。

何というか、後者の研究のスタンスは、知的好奇心と問題意識が程よいバランスを保てているんだけれども、前者の皆様はどうにも、知的好奇心のみで稼働している人が非常に多いような気がするんですよね。
知的好奇心ならまだよくて、単に高学歴がほしいだけ、とか、現職を退職後に教授とか講師とかなりたいがために博士に来たりしてるのが丸わかりの人もちらりほらり。
そんな皆様は何となくホビー志向のように見えてしまいます。
口さがなく言えば、超高級な生涯学習、といった風情に見える。

もちろん社会人の中にだって、バランス感覚のいいひとはいます。でも「中には」いる、というくらいで、やはり数としてはそんなにいない気がする。
何かこう、研究職に就きたいから博士に来ましたとかさ。
いや、確かにおいらだって職には就きたいけど、そんなことは院に進学する時点では二の次三の次でしょうよ。

おいら前々から思っているのですが、
「何かになりたいから大学院に行く」
という発想は、根本的に間違っていると思います。

専門職大学院ならともかく、そうでない大方の院というのは、大学での勉強を終えた人が「研究をしたいから行く」ところであって、「何かになるために行く」ところではないし、まして「行ったら何かになれる」ところではない。
その意味で、指定校制度には半笑いしながら反対です。
本気で腕利きの臨床家を養成したいんなら最初っから専門職大学院を開設しろってんですよ。

院に入って「何かになりたい」人の研究というのは、どっかこっかいびつで、媚びがある割に空虚で、やってる本人もキャリア志向だったり下手すると権力志向だったりすることも多くて、そういう人とは話していてもむかむかしてくるし、まあいいことないです。

何をしてても目の前にテーマがちらついて、自分の中の問題意識がパンパンに膨らんで、やむにやまれず院に来ました、という哀れなドン・キホーテ的な人と、博士課程を適当に終えて、とっとと大学のセンセになりたいの(はぁと とゆーおつむが哀れな人の間には、深くて広くて暗い溝があって当然なのかもしれません。

特に現職ないしは退職された先生に、
自分の学歴に箔付けしたいだけなんちゃうんか( ゚Д゚)ゴルァ!!
という人が多いこと多いこと。
まあそりゃそうだよな、第二の人生の糧に院に来てる人と、第1どころか人生まるっと賭けてる人じゃ、そりゃ覚悟もスタンスも違うよな。

そして、こと教員に限っては、院に来る人=優秀なひとであるとは限らないことが、ここ数年でよーっく分かりました。
暴言吐いてもいいですよ。
おいらが出会ってきた、教職を経て院に来た人の9割がこの手の箔付けさんでした。

さらに暴言を吐くと、やむにやまれず院に来た教師の皆さんは、たいてい研究はもちろん教師としてもとても良くできる。
しかし後者は研究も実践も、非常に残念な状態であることが多い。
後者の実践の話を聞くと、かじった程度のおいらでも「おいおい…」と失笑することばかりで、と同時に「ああやっぱりな」とも思う。
結局、「だめな奴は何をやってもだめ」なのですよね。
しかし、しかしだ。
大学院は教師の再教育センターではないのですよ。本人に再教育されている自覚がないならなおさら傍迷惑な話ですしね。

以前ならその手の人には近づかなかったおいらですが、最近は近くに来たら、親切にもがっつんがっつんぶちのめして差し上げています。
え?全然大丈夫です。血なんか出ません。だっていくら言っても分かんない人たちだから全然平気。
研究者に不可欠の2つの姿勢、素直さと謙虚さってものが全然ないから、ぶちのめしに成功する率もそんなに高くないけどな。
せいぜい、自分の批判的検討力の研鑽(っつっても大した研鑽にはなりませんが)の種にさせていただいてます。

ちなみに、人間出来てるうちの相方は、その話をするといやぁな顔をします。
彼はとてもできた、またできる人なので、できない人への対処法もビジネスシーンで鍛えられているらしく、私がぶちのめし話をすると、ダメ出しをされること請け合い(そしてこんな顔( ´_ゝ`)をしながらそれを聞くわたし)。
彼によればぶちのめしは一番まずいやり方なんだそうで、おいらもそりゃそうだろーと思わないこともない(どっちだ)のですが、いやいやいや、犬社会は体力と知力が勝るものが勝つんですから。
言われて悔しけりゃ勉強しろ(はぁと)ってことですよ。

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テーマ:研究者の生活
ジャンル:学問・文化・芸術
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