2005年12月14日 (水) | 編集 |
臨床には研究が必要,とは常日頃思っていることですが。
その研究には何が必要か,最近よく考えます。

探究心かもしれませんし,研究意欲ももちろん要りますよね。
必要なものはまあ色々あると思うのですが,この分野に限って言えば,核として外せないのは,人間というものに対する愛ある飽くなき好奇心と畏れだと思うのです。
畏れと言って分かりにくければ,敬意でもいいですよ。
質的研究ならば,研究のために語ってくれた協力者に対しての敬意を持たなければ嘘ですし,量的手法をとったとしても,質問紙に答えてくれた協力者の方々に感謝するのが当然でしょう。
研究以前にそれを教え込まない指導教官は今時いないと思いますし,仮に教えてくれる人がいなくても,人の心や人生を糧に研究を進めていくのがこの分野の研究者の宿命なのですから,その道に進む以前に肝に銘じておくべきです。
それはおいらなんぞが言わなくても,まともに研究をすすめようと思う人なら,分かっていて当たり前の当然の,大前提です。

しかしそれが当然でない人が,クライエントが持ち込む悩みや相談に対して「くだらない」とあっさり口に出来るのでしょう。
そういう人は一体全体どういう姿勢で研究に取り組んできたのかと思ってしまいますね。

「悩み」はくだらなくても,その「くだらない」悩みに身を浸す人の姿はくだらなくなんかない。

どんな手法をとったにせよ,真摯に,愛と畏れを携えて人の姿を見つめて来ようとしてきた人なら,そんなことは当然分かっていると思うんですけどね。

どんな手法をとっていようと,研究にはその人が出ます。
その人がどんな思いで研究に取り組み,どんなまなざしで世界と人間をみているのか,多分,丸分かりです。

と,自戒をこめて言ってみる。

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